【書評】 外資系コンサルタント サバイバル奮闘記 - プロフェッショナル・キャリアを歩む -(遠藤功)

キャリア・転職

本書のタイトルには、世間一般にはなんとなくスマートなイメージのある「コンサルタント」と、泥臭い「奮闘記」という相反する言葉が含まれています。著者とは「月とスッポン」ほどに大きな違いはあるものの、自身も一時気コンサルタントとして、まさに奮闘していた時期もあり興味を持って手に取りました。1年ほど前に一度読んで、また改めてコンサルタントのキャリア形成について興味を持ち改めて読み返してみました。

現場発想のコンサルタント。コンサルタント一筋の男のキャリアの変遷

著者は「見える化」や「現場力」などの著書でも知られる遠藤功氏。遠藤氏は新卒で三菱電機に入社。三菱電機でももちろん活躍されていたのですが、32歳の時に戦略コンサルティングファームのボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に転職、その後は、アクセンチュア、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現ブーズ・アンド・カンパニー)でパートナー(共同経営者)、そしてローランド・ベルガーで社長、会長。4つの外資系戦略コンサルティング会社で、22年に亘りプロフェッショナルとしてのキャリアを切り開いてきた方です。

本書の他にない特徴的な点はここにあります。

コンサルタントの書いた本は山ほどありますが、コンサルタントのキャリアについて、特にパートナーや社長・会長まで務めた方の経験談というのは他にはないでしょう。コンサルタントのキャリアとして、往々にしてポストコンサルのキャリアとして、事業会社などに渡る方も多いですが、遠藤氏はコンサル一筋で登って来ており、その成長過程及びその過程で変遷する苦労・課題など、このキャリアだからこそ記す事の出来たものだと思います。

本書は、そんな遠藤氏の半生を書き連ねたものになっています。そのキャリアの過程において、どんな想いをもって仕事をしてきたのか、そして岐路においてどのような判断を行ってきたのか。タイトル通り、コンサルタントとしてサバイブするため、どんな苦労をしてきたのか、まさにその奮闘記になっています。ですので、決してノウハウ本でもなければ、コンサルスキルが学べるような内容ではないです。ただ、コンサルタントとしてキャリアを形成したいと考える方にとっては、非常に参考になると思います。

大手企業の安定を捨てコンサルタントへの挑戦

著者は、まず最初は三菱電機での経験について書かれています。ここでは、海外の合弁事業などの取り組みを任されたり、MBA留学の機会を与えられる等、三菱電機の中でも活躍していたものの、大企業ならでは組織の壁、保守的・政治的な判断などに徐々にフラストレーションを溜める過程が描かれています。決して、手を抜いた仕事をしているわけではなく、懸命に取り組んでいる中、三菱電機内でのコンサルタントとの共同プロジェクトを通じて、あるコンサルタントの方と接点を持ちます。

偶然が重なり、コンサルタントの方と再会し、仕事について相談する中で、誘いを受け、BCGの面接を受けます。不満は持っていたものの、転職などは想定していなかった著者ですが、BCGでの面接の過程で出会う人々、そして当時BCGの代表で現在はドリームインキュベーターの代表を務める堀紘一氏とも面接を行い、高額な年俸も相まってオファーを受けBCGへ転職します。当時32歳で、結婚をしていて、二人の子供を持ちながらも、安定した大企業のキャリアを捨て、「挑戦」を選択したわけです。また、1988年当時では、大企業からの転職も珍しかったでしょうし、外資系コンサルなど知っている人も限られていた状況ではありますが、著者は「ご縁」という目の前に来たチャンスをつかんだわけです。

ここで著者は、「目の前のことに一生懸命に取り組む」こと重要性を実感しています。著者をコンサル会社に誘ったコンサルタントは、三菱電機社内のコンサルプロジェクト時の著者の働きをしっかり見ていてそれを評価して声をかけています。また、偶然の出会いの際にも著者は仕事に対する想いを伝える等、そうした行動や想いが「ご縁」という名のチャンスを導いたのだと言います。

さて、著者と同時期にBCGで働いていた方には、今も活躍されている方が多いです三谷宏幸氏(ノバルティスファーマ元社長)、樋口泰行氏(日本マイクロソフト社長)、平山浩一郎氏(マベリックトランスナショナル社長)。そんな錚々たる優秀な人材が働く中で、著者がどのように成長し、活躍することが出来たのか。
それは、多くのコンサルタントが日本企業相手の大きなプロジェクト希望するのに対して、著者は「どんなプロジェクトでもやります」と上司にも伝え、小粒で地味なプロジェクトながらも、その中でしっかり成果を出すことで社内的に認めらる事に繋ています。当時の著者の仕事へのスタンスは以下のようなものでした。

同じ頃、中途入社した仲間の多くは、日本の大企業から依頼された企業変革プロジェクトにアサインされ、意気揚々と働いていました。「なぜ自分だけが・・・」と腐っても仕方がないところですが、私は逆に「どんな仕事でも着実にこなす」と決めていました。どんな仕事でも勉強になる、小さなプロジェクトの方が仕事を任されるので成長できると思っていました。もしかしたら、このあたりが私の強み方もしれません。こうした態度のことをPTA(Positive Thinking Attitude)と言います。常に前向きに物事を捉えようとする態度のことで、ビジネスキャリアにかかわらず、生きていく上でとても大切なものだと思っています。(中略)人間、どんな時でも腐らずにやることが大切です。そういう時こそ、試されているのです。そして、それを見てくれている人が必ずいます。

そして、三菱電機時代の「ご縁」もあり、ある大きなプロジェクトを受注します。当時著者はコンサルタントとしてある課題を抱えていました。それは「間違ってないけど、面白くない」という弱点でした。コンサルタントはロジカルで理詰めで物事を考えるのはもちろんですが、それであれば社内の人間でも、誰でも出来る事で、コンサルタントに求められるのは、さらにそこから違った視点を導き出せるか、です。著者はこのプロジェクトの中で、その視点の重要性に気付いたと言います。

「目のつけどころ」が肝心なのです。目の前にあるデータや事実は、誰にとっても「同じ材料」です。そして、多くの人は目の前の「材料」の同じようなところに着目します。それでは、陳腐な結論になってしまうのは当然です。「目のつけどころ」の大切さに気付かせてくれたのは、プロジェクトマネージャーの森さんです。森さんは私のような「平凡な人間」てゃまったく違う視点、切り口でデータや事実を見ていることに気付いたのです。誰もが気にしない、もしくは見落としてしますが、将来を考える上ではとても大切なデータや事実を探し出し、それをもとに自分なりの「メッセージ」を抽出すること。ユニークな発想は、ユニークな着眼から生まれる。それこそが、「間違ってないけど面白くない」という私の弱点を克服するアプローチだったのです。

そして、著者はBCG入社3年目という早さでプロジェクトマネージャーに昇進します。

BCGのマネージャー⇒アクセンチュア⇒ブーズ・アレン、そしてローランドベルガー社長へ

3年目でBCGのプロジェクトマネージャーになった著者ですが、心理的余裕が生まれてきたところで、コンサルとして戦略を考えるだけでなく、戦略を実践したいという欲求が芽生え始めます。コンサルタントの多くの方はこのような悩みに行きつきますし、自身もコンサル時代に多少感じた事ではあります。そんな中で、あるオーナー社長と出会い、そのオーナー社長から、参謀として誘いを受けます。しかし、そのオーナー社長が急死し、オーナーの奥様から会社を継ぐよう誘いを受けたものの断ります。外様でオーナーの後ろ盾のない中では、貢献出来ないとの判断です。
ヘッドハンターからも多く声をかけられる中、事業会社でのキャリアを模索している著者に、あるヘッドハンターからアクセンチュアの戦略グループ立ち上げのポジションで声がかかりました。現在では数千人規模のアクセンチュアですが、当時は数百人程度です。著者は、事業を成長させることに興味を持っていましたが、アクセンチュアで戦略グループをゼロから立ち上げる事も、新しく何かを創り上げる事である気づき、転職を決意します。

アクセンチュアに転職し、BCGに比べれば劣る人員の育成、組織の成長に取り組み、3年後にはパートナー(共同経営者)に昇進します。戦略グループも70~80人の規模に成長し、著者は「ひと仕事終えた」達成感・充実感を感じていました。そんな中で、米系コンサルティングファームのブーズ・アレンの副社長になっていたBCG時代の先輩から、誘いを受けます。
ブーズ・アレンでは、社及び筆者のコンサルタントとしての日本での知名度の低さから、営業に苦労します。欧州でSCMの権威であったKeith  Oliver氏の力なども借りながら、なんとか活動をしつつも、当時のブーズ・アレンは中央集権的に物事を決めていく進め方がベースにありました。そのため、日本の事情も分からない本社と営業方針で反発しあう事も多く、著者は不満を覚えるようになったと言います。

このあたり、複数の外資系コンサルティング会社を経験しているからこそ、各社の特徴の違いが鮮明に見えてきているのだと思います。企業分化や市場での位置づけなど、同じ外資コンサルと言えども、抱える課題が違う事に改めて気づかされます。

さて、そんな著者にヘッドハンターからまた声がかかります。今度はローランドベルガーというドイツ発のコンサルティング会社における日本法人トップのポジションです。当時のローランドベルガーは社員10名程度で、評判も決して良い状況ではありませんでしたが、創設者のローランド・ベルガー氏本人とも会食を踏まえ、中央集権ではなく日本での自治権を与えてもらい日本法人のRe-Startすることに参加します。

ここでは、コンサルタントであると同時に、経営者としてローランドベルガー東京の基盤を作っていくことに苦心します。様々な人材を集め、パートナーも増やしていく中、知名度を高めるために2004年2月「経営の構想力」「現場力を鍛える」という著書を発表します。さらに2005年には「見える化」を出版。自身もそうですが、こうした書籍からもローランドベルガーが現場発想のコンサルティング会社というイメージを強く付与しています。

その後、2006年4月に遠藤氏は後任に社長の座を譲り会長の座につきました。同時に早稲田大学ビジネススクール(WBS)の教授に就任し、現在は「人づくり」に挑戦しています。

「運」に「命」をこめるからこそ「運命」になる。

全編を通じて、遠藤氏のキャリアにおいては「出会い」が大きく影響をしています。著者は最後に次のようにとめています。

充実したビジネスキャリアを歩むためには、能力と努力が必要なことを言うまでもありません。しかし、それに加えて「運」というコントロールしようもない要素が潜んでいるのもまた事実です。
しかし、「運」はすべての人に巡ってくると私は思っています。「運」がない人はいないのです。何より大切なことは、巡り合った「運」を信じて、「命」をこめて取り組むことです。
「運」に「命」をこめるから、「運命」になる。「自分には運がない」と嘆く前に、「本当に命をこめてやっているのか?」を問わなければなりません。「出会い」という「運」をコントロールすることは難しいですが、偶然の巡り合わせであるひとつ一つの「出会い」に「命」をこめるかどうかは、自分でコントロールできるはずです。「生きる」とはそれ自体が「自己表現」です。中でも、人生の多くの時間を費やす仕事は、生きる糧を得るためだけのものではなく、「自己表現」の手段でもあります。

一見、著者は順風満帆にキャリアアップしているように思われるかも知れません。「運」はもちろんあるでしょうが、それを呼び寄せるだけの努力をしていたこと、そして、そのチャンスにリスクを取って掴みにいっているからこそ、このような充実したキャリアを築けたのだと思います。

著者は自身のキャリアを「多毛作」であると表現しています。コンサルタントという1つの太い幹はありましたが、複数のコンサルティングファームで、それぞれのステージで異なる果実を育て、実らすことが出来たからだと言います。ただ、全ての人に、多毛作のキャリアを描くことを推奨しているわけではありませんが、著者は次の様な意識は、キャリアに対してオーナーシップを持っているからこその考えだと思います。

プロフェッショナルにとって、組織と個は常に対等の関係です。個が組織に貢献できるのであれば、組織はその個を必要とする。逆に、その組織で個が貢献、成長できると思うのであれば、個はその組織を自分の意思で選択する。

「出会い」を大切にし、自ら創っていく努力も

自身も比較的転々としてキャリアを築いています。新卒で比較的大きなSIerで営業を行い、次いで社員十数名の戦略コンサルファームでコンサルを行い、今は大手広告代理店で営業です。一見なんら脈絡もないキャリアに見えますが、自身としてはその時々で「自身が貢献できる、成長出来る」場を求めて舞台を変えてきました。もちろん、遠藤氏のような大きなインパクトを与えるような成果を出せていませんが、自分なりに懸命にやってきた結果、次のキャリアに繋がっていることを感じます。時にはリスクのある選択もしてきましたが、結果として、後悔はしていません。
本書では「出会い」は人ではありましたが、「出会い」は人だけでなく、本や情報、ブログなどもあるかも知れません。そうした「出会い」を今後も積極的に作っていくとともに大事にしていきたいと考えています。

また、本書の特徴であるコンサルタントとしてのキャリアパスというのは非常に参考になります。コンサルタントとして、各成長ステージにおいて、どのような課題にぶつかるのか、どんな能力が必要とされるのか、コンサルタントという一面だけでなく、マネージャー、パートナー、経営者と各レイヤーでの言及がとても興味深かったです。また、次のような言及も、コンサル一筋でやってきた著者だからこそ、コンサルタントの存在意義について納得感があります。

20年以上経過した今でも、私は戦略コンサルタントという仕事は基本的には「なくては困る」仕事ではないと思っています。(中略)しかし、それぞれの会社にとっての「変革」は10年に一度あるかないかの大きな出来事です。会社は事業を営み、収益をあげることが仕事であり、年柄年中「変革」しているわけにはいきません。
一方、戦略コンサルタントにとっては、「変革」のお手伝いをするのが仕事であり、数多くの「変革」の経験を積んでいます。それぞれの会社は営んでいる「事業のプロ」ですが、必ずしも「変革のプロ」ではありません。企業の「変革」の方向性を定め、その実現をスムーズに行う支援をすることが、戦略コンサルタントの最大の付加価値であり、プロとしての腕の見せ所です。「変革」を数多く経験していることこそ、戦略コンサルタントの最大の強みなのです。

コンサルタントという仕事のたとえ話として、次のような話を紹介しています。

「泳ぎ方も教わらずにいきなり海に放り込まれる。溺れる奴が続出する中で、なんとか向こう岸まで渡り切る。渡り切った奴がプロジェクト・マネージャーに昇進する。岸に辿りついてホッとする間もなく今度は目の前に巨大な崖が立ちふさがり、そこを自力で登れという。足の踏み場もない崖をなんとか這い上がる。多くの人間が脱落する中で、崖を登り切った者がパートナーに昇進する。すると、今度はその崖の上から飛べという。ここでは泳ぎ方も崖の登り方も何の役にも立たない。自力で飛び方を習得した者だけが、コンサルタントとして生き残る。(中略)「泳ぐ力」とはコンサルタントとしてクライアントに付加価値を生み出す力のこと。「崖を登る力」とはプロジェクト・マネージャーとして、チームを束ね、プロジェクトを統括する力のこと。そして「飛ぶ力」とは、パートナーとしてプロジェクトを売る力のこと。この3つの力がなければ、戦略コンサルタントとしては生き残っていきません。

 

コンサルタントとしてのキャリアを模索している方にお勧め

上述の通り、本書はコンサルタント一筋のキャリアを描いた他に類を見ない本となっています。将来起業するため、経営者になるため、コンサルタントをキャリアの一ステップとして考える方は多いと思いますが、生涯コンサルタントとして働く事を考えた際に、一つのある特殊なサンプルではありますが、本書は有用であると思います。もちろん、まだコンサル一筋で行くのか、どうすべきか検討している方にとっても参考になると思います。

コンサルタントの働き方に関する本としては、以下のような本もお勧めです。

本書でも数社のコンサルティングファーム名前が出てきましたが、コンサルティングファームと一言で言っても様々です、業界・各ファームの特徴などを概略を知る上で以下参考になります。

戦略コンサルティングという職業のポジションを築き上げたといっても過言ではない、マッキンゼーを世界的経営コンサルティングファームとして成長させたマービン・バウワーの伝記。コンサルタントというプロフェッショナルとしての存在意義、仕事への取り組み方、スタンスを学ぶことが出来ます。

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