月1程度の頻度で、グローバルで経営・マーケティングを行っている第一線の現役の会社の方を招いて、【無料】で勉強会を開催しているという、非常に有益な研究会です。
その大石教授の著書「実践的グローバル・マーケティング」。本書も、日本発でグローバルに展開している企業を中心に、どのように世界進出を図っていったのかのケースを通じて、グローバルマーケティングにおける要点を抽出しています。
グローバルマーケティングにおいては「世界標準化」か「現地適応化」の2つの大きな方向性で議論されることがありますが、本書で著者も言及している通り、その両者のバランスを合わせた「複合化」が一つの解であると言います。ただ、そのバランスに関しては、事業や、市場によって異なり、正解はないといいます。
グローバルマーケティングの実践例を通じたグローバル展開の要点
本書では、ヤクルト本社、ダイキン、花王、フマキラー、資生堂、ハウス食品、コマツ等の日本発のグローバル展開企業をはじめ、LVMHやユニリーバ、IBMなどの外資系企業も含めた実践的なケースを紹介してくれています。
また単に事例を羅列するだけでなく、その要点をまとめて紹介されています。それぞれ、グローバル展開においても異なるポイントが抽出されており、グローバルマーケティングの複雑さを理解する事の参考となります。ただ、共通点としてあげられるのは「企業理念が重要であること」と、そして「現地適応化のバランスを持った複合化の戦略」の2点は、いずれの成功している企業のケースでも見られる要素ではないかと思いました。
具体的な実践例として以下のような企業が取り上げられています。
「困難を乗り越える何か、それこそ理念や覚悟がない限り、なかなかうまくいかないのだ」
今や世界各国にヤクルトレディを展開するヤクルト本社の事例では、「乳酸菌飲料」の効果効能をヤクルトレディを通じて消費者に教育しながら、日常的に飲用してもらうという、企業理念に乗っ取ったチャネル開発、販売戦略をグローバルに展開しているケース。ただ、もちろん、アメリカなど訪問販売が難しい市場においては、大手流通などのMT(モダントレード)も活用するなどの適応化を図っています。
グローバル展開には、様々な困難がつきものですが、それらを中長期的なビジョン・ミッションの元に乗り越えるには「理念や覚悟」が重要であると著者は言います。
花王の事例では、展開する市場におけるマーケティングリサーチの重要性を実例をもとに紹介しています。特に花王のような生活用品の場合は、現地の生活を深く理解する、異文化理解が非常に重要です。海外に展開する際に一般的によく行われると言われるCAGE分析(文化的(Culture)、制度的(administrative)、地理的(Geographical)、経済的(economic))こうした、分析に加えて、花王では、各家庭への訪問によるエスノグラフィー調査も実施し、現地の人々の生活を理解することにかなり力を入れているのがわかります。
マーケティングリサーチについえは、著者は日本企業に対して、以下のような言及をしています。
モノづくりを重視できた日本企業の場合、全般的にマーケティングを軽視しがちだ。マーケティング・リサーチについても必要最低限のことはしているだろうが、海外のグローバル大手と比べると明らかに力の入れ具合は弱く、ブランド力では太刀打ちできないというケースは目立つ。これほど徹底したマーケティングリサーチをしている花王でさえ、世界レベルではまだまだこれからという面があるのだから、日本企業は全般に、もっと経営資源をマーケティングリサーチにも投入していくことが急務である。
これは実際に、自身が仕事でお手伝いしている中でも感じますが、どうしてもマーケティングは市場特性が各国異なるという理由で、現地任せになってしまっているケースが多く、結果として、グローバルで戦略的にマーケティングに投資するのが難しい状況を引き起こしているように感じます。市場特性は異なるとは言え、例えばリサーチで言えばやるべきことはそれほど大きく変わるわけではなく、そこへの然るべき投資を行えるような環境づくりは必要であると感じてます。
さらに、文化的な影響をハウス食品の事例では、アメリカでは、バーベキュー用の豆腐の開発なども行っている。など、展開する国ごとに主力商品をかえて、ラインナップの絞り込みを行っているケースを紹介しています。何故絞り込みを行うのかというと、全商品を展開すると、投資額が小さくなり結局利益が出にくくなるためです。また、新興国においては、競合参入なども多く、ポジショニングは絶えず変化させる事も重要であると言います。
マーケティングリサーチに基づきながら、文化はもちろん、競合や流通等の状況も含めてターゲットを決め、国によって出す商品も味も柔軟に変えていくという姿勢である。それでも筆者は、グローバルマーケティング戦略の基本は標準化になるものと考えている。標準化する戦略は母国のものばかりに限らない。海外で成功した戦略を世界的に展開することもあるだろう。
ハウス食品も、市場によって、主力商品を変え、チャネルを最適化はしていますが、例えば、中国では「カレーを国民食に」という方針のもと、子供に対してのリーチから行おうとするなど、企業としての絶対的なぶれない方向性は一部固定するなどしています。
ルイ・ヴィトンなどの高級ブランドを多く保有するLVMHのケースではPMI(Post Merger Integration)の重要性について紹介しています。
ダイキンの事例では、特にチャネル戦略について興味深い取り組みをしている事例が紹介されています。ダイキンの中国進出は比較的後発で、既にに価格競争が厳しい市場で、かつ多くの企業が中国での売掛金回収に課題を抱えているという状況がありました。そこで、中国では自前の「プロショップ」を開発。高級中級住宅のユーザーにマルチエアコンの販売、据え付け、サービスを一貫して提供する販売網を引き、価格競争に陥らず、売掛金回収もきちんと行える体制を築くことで、「エアコンのベンツ」という高いブランドイメージを構築するに至っています。
一方で、インドではディーラー網を拡充しルームエアコンを販売。設備店・空調店・家電店のディーラー網を整備して販売することにこだわり。「低価格での販売はしない」という基本方針を徹底するなど、市場によって、販売チャネルも異なるものを選択。中国は富裕層、インドは平均よりやや上のボリュームゾーンを狙う等、最適化を図っています。
フマキラーでは途上国のトラディショナルトレード(TT)の販売ルート確保の重要性。そして、いずれの事例においても共通する要素として、チャネル戦略をディーラー任せにせず、自らディーラーやエンドユーザーに絶えずアクセスしている。のが成功しているポイントとして挙げています。
コカ・コーラは一見して世界標準化戦略と思いきや、社長によってそのバランスは行ったり来たりしており、世界標準化と現地適合化の長所を融合させた「複合化」のバランスを調整しながら展開していると言います。柔軟性が重要であり、その取り組みの段取りとして、著者は以下のように言います。
「まずは自分たちの思い入れが強いところで勝負をし、その後、柔軟に現地のニーズに対応して起動修正を図っていくべきである。」
一般的なマーケティングの書籍を読むと、いわゆる「マーケティング戦略」について書かれたものは、多くあります。以前、著者の行う「グローバルマーケティング研究会」に参加した際に、大石教授がおっしゃっていたことで非常に記憶に残っている言葉がありました。
「日本にはマーケティング戦略(Marketing Strategy)はあるが、戦略的なマーケティング(Strategic Marketing)がない」
と。所謂マーケティングの4P等に関しては、日本企業でも優秀な企業はたくさんあるものの、それらが経営レベル、事業レベルには至っておらず小手先でのマーケティングになってしまっているということ。本書のようなグローバルマーケティングの実践例を読むと、確かに経営・事業レベルでの意思決定を行っていくことがマーケティングに求められると感じます。
昨今、CMO(チーフマーケティングオフィサー)を設置する日本企業も増えてきてますが、まだまだ、設置しただけで役割も不明瞭な企業も多いと聞きます。
本書は、グローバルマーケティングの実践例を学ぶとともに、本来のマーケティングのダイナミズムを感じるのにも非常に有益な内容になっていると思います。グローバルでのマーケティングに携わる方はもちろん、グローバルでなくても、マーケティングに携わる方は、一度このような視点を持って、改めてマーケティングを眺めてみると、これまでと全く違ったアプローチが考えられるのではないかと思います。
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