本書は、「中だるみ」とありますが、自発的にたるんでいる社員を指しているわけではなく、様々な要因によって引き起こされる「キャリアの停滞(キャリア・プラトー)」と呼ばれる、所謂キャリアの踊り場であったり、伸び悩みのような状態について、各種調査結果を元に書かれた本です。
キャリアの停滞と、それを引き起こす内的要因・外的要因は何か、またそこから抜け出すために有用な環境の変化とは何か、またそのために上司・組織が出来ることは何か、本人が出来ることは何か。調査結果だけでなく、少数ですが、具体的個人のエピソードも踏まえて説明されています。
個人的にも、また組織的にも、課題感と感じていたところ目に入ったので読んでみましたが、新書ということで、調査結果の図表などが少なく、紹介される個人の事例も少ないので、いまいち納得感は薄かったですが、キャリアの停滞に関し、学術的にも取り組まれている事、各種要因に関して、体系的にまとめられており、現時点での調査結果などは興味深いものも多く、より専門的な書籍等への入門書として良いかと思います。
キャリアの停滞には種類がある
「キャリアの停滞」は所謂、一時的に不調に陥るような「スランプ」とは異なるものとして定義されています。具体的には以下。
(スランプもプラトーも)両方とも、「努力をし、ある程度の水準までは上がる(うまくなる)」ということは共通しています。しかし、その後、スランプは「そのレベルが低下(下降)する」のに対し、プラトー(停滞)は「これ以上、上がらずに横ばいになっている状態」をいいます。(中略)
またスランプは、一時的な状態を指す事が多く、その後は努力を続ければ上昇していきますが、プラトーの場合は少なくとも1年以上など、長期化することが多いのです。
さて、そんなキャリアの停滞には次の4つの種類があると言われています。
- 仕事の停滞
仕事をしていて新たな挑戦や学ぶべきことが欠けていたり、ワクワク感や喜びを見いだせない状態 - 昇進の停滞
今の会社で将来昇進する可能性が非常に低下すること - 配置転換の停滞
今の部署(部や課)に配属されてからの年数が他の社員に比べとくに長くなったり、いつまでも会社の重要な部署に配属されないこと - 人生の停滞
これからの人生で進むべき方向や生きていく意味自体がわからなくなったり、人生全体に自身を失ったような状態
仕事への慣れや忙殺される仕事量などから生じる「仕事の停滞」
1つ目の「仕事の停滞」に関しては、比較的頻発するように感じます。仕事自体に慣れていくこと、それは望まれている事ではあるかと思いますが、結果として、ルーティンになってしまって飽きてくるような経験は皆さんもあるのではないでしょうか。
「仕事の停滞」には、上記に加えて、逆に、今の能力を明らかに超えている仕事の質・量を与えられている場合も指すとのこと。所謂、少し背を伸ばせば実現できるような、ストレッチ目標のようなものを設定されることも多いと思いますが、これを大きく超えてしまった場合、言われた通りこなすだけで精一杯になってしまって、自分でやり方を工夫したり、余裕をもって仕事をできない状態を指します。
この2つは重なる事もあり、例えば非常に慣れた仕事でも、それが膨大な量になれば、機械的にこなしていくだけで精一杯になりますし、大量にこなしたところで成長も感じられない、となると、やはり「仕事の停滞」となっていると言える状態になります。
昨今、色々な会社で、就職氷河期の世代の今の30代中半~40代前半の人手不足を良く見聞きしますが、結果として「プレイングマネージャー」としての役割を強く求められている人が多いようです。そして、現場仕事に対するマンネリ感を感じつつも、マネジメント職としての仕事の量の多さに忙殺されるなどで「仕事の停滞」を感じる方が多いとのこと。これも良く回りで見聞きするケースかと思います。
職場環境によって引き起こされる「昇進の停滞」「配置転換における停滞」
「昇進の停滞」。組織の中で、より上位の職責、本書では管理職への昇進を指して記載されています。日本の会社においては、年功序列で勤続年数に応じて自動的に昇進していく、というのが一般的な見え方かも知れませんが、それも表層的に過ぎず、管理職の席が限られている中、どこかのタイミングでその選抜が始まります。
企業によっては、入社の早期のタイミングで選抜が行われ、選抜コースに組み込まれる人や、数年を経たタイミングで、そのような選抜になるケースもあるでしょうが、昇進を望む人がすべてが昇進できるわけでもなく、また、その可能性については、明確に見えないこともあり、それらが停滞を引き起こすこともあるようです。
「配置転換における停滞」には、質的な停滞と、量的な停滞があり、量的な停滞は、その部での配属が回りと比べて長期化することを指します。質的な停滞は、その配属されている部署・部門での仕事の重要度に影響されます。会社によって異なるかと思いますが、会社の中に「エリート部署」と呼ばれるような部署が、どこの会社にもあるかと思います。そこを経験することが、将来の昇進にも影響するような、そんな部署です。そうした、会社の中枢で働くようなことが出来ないことが停滞に繋がると言います。
最後の「人生の停滞」は、仕事熱心で、仕事に熱中していた人が、もう行きつくところまで行ってしまい、次の目標もなくなってしまったような状態を指すようです。仕事限らずに、プライベートでの楽しみでもあれば、別のようですが、仕事人間の方の中にはこうした状況に陥りやすい方も多いようです。
現在、「働き方改革」の一環で、「生き方改革」のように、仕事だけではないライフスタイルを模索する流れが出てきているような気がします。これまで企業側では3点目までの観点で、働く人のキャリア設計等を考慮されていたかと思います。当然、人生について、個人個人で考えるべきことではありますが、今後、働く人が生きやすい環境とはどのようなものかを考えて、魅力的な職場を作っていくことも、優秀な人材獲得の観点では必要になるのではないでしょうか。
どんな組織だと社員が停滞しやすいのか。停滞しやすい人、しにくい人は?
本書では企業向けの調査結果を元に、どのような企業で、停滞が起こりやすいのを調査・分析しています。例えば管理職が多い、頭でっかちの企業だと、「昇進の停滞」を感じている社員が多い事や、年功序列の企業より、成果主義の企業の方が、昇進による差が大きいため、昇進の停滞を感じやすいなどの結果も紹介されています。
また、人に焦点を当てた時、どのような人が停滞をしやすいのかも紹介されています。昇進の停滞に関しては、世間一般で言われるように、いまだに「女性」は停滞している傾向があるようです。
また、「学歴」の観点での調査結果もありますが、やはり大卒・高卒での差はもちろん、出身大学によって昇進のスピードに差があったり、昇進の上限が見えてしまうような場合も、「学歴」によって停滞する傾向には違いがあるようです。
「転職者」と「生え抜き」での違いも調査されていますが、やはり昇進しやすいのは「生え抜き」のプロパー社員とのことで、「転職組」のほうが昇進の停滞はしやすいといえるようです。
昨今、女性管理職を増やす企業も増えてきていますし、転職もかなり一般的になってきており、今後、上記のような傾向は変わってくる可能性も本書では示唆されています。
また、停滞には「客観的」なものと「主観的」なものがあると言います。上記のような、客観的には停滞とみられる状態であったとしても、主観的には停滞を感じないケースも多々あります。特に、最近は管理職になりたがらない人も多いでしょうし、1つの仕事を長く続けたいと考える人もいれば、いろいろな仕事を経験したいと考える人もいる。という中で、極論してしまえば、停滞は個人に依存する部分が多いようにも思います。
キャリアの停滞、マンネリ感を打破するために個人として出来ること
本書では「キャリアレジリエンス」を鍛える事が推奨されています。「レジリエンス」とは「折れない心」といわれるようなもので、ストレスに対する抵抗力や回復力を指します。
キャリアの停滞などの逆境に陥った時に、どれだけ耐えられるか、前向きに未来を捉えられるかが重要だと言います。また、キャリアを戦略的に考えて、行動することとして以下の6つの行動が紹介されています。
- 停滞状態の把握
自身が停滞のどのような状態にいるのか。停滞の初期の状態なのか、かなり長期化しており、今の組織では改善は見込まれず、転職すべきか、否かなどの状況把握。 - キャリア上のチャンスの創造
自分が希望する部署で必要とされるスキルや自分に不足しているスキルを身に着けたり、経験を積んだりすること - 自己推薦・アピール
上司との面談の機会などに、自分の将来の希望などを知ってもらうこと。上司に限らず、自身の処遇に影響を与える人、例えば希望移動先の上の人でも良いかも知れませんが、そうした人にアピールすること - 挑戦的行動
新しいアイデアや効率的な仕事のやり方を探し、提案し、実践すること。社内起業家制度などを活用するなども含まれます。 - ネットワークづくり
違う部署の人と親睦を深めたり、社外の人脈を広げること。 - (上司との)意見の一致
内心ではやや反対でも、表面だけでも上司の「中心的な」意見に賛成すること。上司と同様のことに興味を示す。など
上記のようなことをして、すぐに成果が出るわけではないですが、少しずつ取り組んでいくことが重要とのこと。また、こうした計画が計画通りにいかない事も多く、偶然を活かすことも紹介されています。
これは「計画的偶発性理論(プランド・ハプン・スタンス・セオリー)」の考え方にも通ずるものと思います。詳細は以下の記事より。
キャリアの停滞を防ぐために組織・上司として出来ること
最後には、上司・組織として、この中だるみ、キャリアの停滞に対して、何が出来るかの紹介もあります。
まずは上司や先輩として、出来ること。
最近、自身も若い人と一緒に仕事をすることが多く、彼らのモチベーションをいかに高めて仕事に注力できる環境が作れるか、が課題感としてありました。
部下の状態を良く見て、フォローすること。サーバントリーダーシップ的に、上司が部下に奉仕をすること。チャレンジングな仕事を任せてみる、などが紹介されています。深堀すれば、どれも1冊の本になるくらいで、本書では軽くしか触れられていませんが、個人的にはどれも普段から心がけてはいますが、間違っていなかったのだと思います。
先日、会社で受講したフィードバック研修の中でも、部下にどのように接するのが効果的なのかも結局はその個人に依存するので、その人に合ったコミュニケーションを行うためにも、良くその人となりを見る事が何より重要である、という事が言われていました。
そして、組織として出来ること。
キャリアが停滞してしまった社員は、生産性が低くなる可能性もあり、場合によっては転職してしまう場合もあるでしょう。せっかくの人材をそのような形で無駄にしないためにも組織として考える必要があります。
例えば、異動に関して、本人の希望を可能な限り尊重すること、そのための仕組みを作ること。社内公募制などの制度はその一つでしょう。また、昇進の停滞に関しては、キャリアの流れとして、管理職への昇進だけでなく専門職制度のような形で、違った形での評価・地位を与えていくことも重要です。
また、昨今話題になっていますが、副業解禁もその流れの一つです。本業以外の部分で、新しい経験を積んだり、人脈が出来たり、スキルを身に着けるなど、自社組織では賄えない機会が得られる、もしくは得られやすい環境を作ってあげることも、今後企業には求められてくることかと思います。
本書は、自身がキャリアの停滞感を感じている方は、本書を読んで停滞の理由・要因を体系的に把握して、適切な対応を考えてみるヒントになるかと思います。また、組織や上司の立場で、伸び悩んでいる後輩・部下がいるのであれば、どのようにそれをフォローしてあげられるのかの参考になるかと思います。
上述したように、自身が若干ですが、「キャリアの停滞」感を感じている部分があったり、また、一緒に働くメンバーのキャリア育成の観点で、どのような考え方があるのかを知るために、本書を手に取りました。
新書でもあり、気軽に読めましたが、やはり中身は薄くならざるを得ず、これより深堀にするにはより専門書を読む必要がありそうです。本書の最後でも、以下の書籍が紹介されていました。
これまでは比較的自身のキャリアについて考えることが多かったですが、最近はメンバーなど一緒に働く人のキャリアについて考えることも多く、これはこれで、取り組み甲斐のある課題だと感じています。
世代間でのギャップや性別でのギャップもあり、個々人が仕事に求めるものも大きく異なり、キャリアに対する考え方も違います。学生からOB訪問を受ける機会も多くあり、学生時代の考え方との違いも考えさせれるものがあります。
これまでの経験から、こうしたキャリアの停滞「中だるみ」は、ある意味、必要悪として、必ず訪れるもののように感じます。仕事に慣れれば飽きも来るでしょうし、同期との昇進スピードの差を目のあたりにすることもあるでしょう。
個人としては、キャリアの停滞が長引かないように、そして早期に気付いて、自ら動き方を変えることが重要ではないかと思います。
また、組織や上司として出来る事といえば、やはり良く見てあげることなんだと思います。一律に対応したところで、個々人の考え方で、その対応が吉と出ることも凶と出ることもあります。
正解はないとは、言え、より正解に近しい答えを導きだすための方法論やヒントはいろいろとあると思うので、今後ともこの領域は勉強していきたいと思ってます。
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