【書評】「経営戦略としての異文化適応力」異なる文化圏の人と働く際の実践的ヒント

CQ経営戦略としての異文化適応力 キャリア・転職

異文化圏の人たちと働くすべての人へ

経済・経営のグローバル化に伴い、海外の人と仕事をしたり海外マーケットを対象にビジネスを行ったりすることが当たり前になってきています。依然として日本企業の中には、非常にドメスティックな経営やビジネスを行っている会社も多いですが、今後、日本の労働人口も減少する中、多様な文化を持つ人材をマネジメントしたり、共に働く機会は今後も多くなると思われます。

そうしたビジネス環境の中で、異なる国の異なる文化をどのように理解すれば良いのか、そもそも異文化とはどういったものがあるのか、それが具体的にビジネスの現場でどのように影響し、どう対処すれば良いのか。

本書では、ホフステード博士が考案した異文化を整理するためのフレームワークの6次元モデルを、具体的で実践的なビジネス・ケースに当てはめながら紹介し、異文化に関する気付きと理解を与えてくれます。海外駐在や外国籍のメンバーと仕事をする方、グローバル経営・ダイバーシティ経営の中で、異文化を考慮したマネジメントを担う方の悩みの解消につながる、学術的にも、ビジネス的にも有用性が証明されているフレームワークに沿った、分かりやすい内容となっています。

文化の経営やビジネスに与える影響・重要性・CQ(文化の知能指数)

まず、ビジネスの現場において、異文化が与える影響またそれを理解し対処することの重要性を説明しています。本書では「文化」をホフステード博士が定義した、下記としています。

ある集団と他の集団を区別する心のプログラム

また「文化」も表層的なものから、深層的なものまであり、「玉ねぎ型モデル」を文化の構造として説明しています。「玉ねぎ型モデル」とは、文化が玉ねぎのように、幾重にも重なる構造になっており、一番外側の目に見える表層的なところを「シンボル」。次を「ヒーロー」、「儀礼」と続き、最も中心の目に見えにくい部分を「価値観」とする構造です。

それぞれの定義や説明は以下の通りです。

  • シンボル
      • 集団にとって特別な意味を持つイメージ、言葉、ジェスチャー、物質。
      • 時代の変遷とともに常に新しいシンボルが生まれる。
      • 他の文化でも容易にコピーされる。
  • ヒーロー
    • 行動やあり方が、その文化の中で高く評価され、行動のモデルとされる人物。
  • 儀礼
    • ある集団にとっては社会的に必要なものでも、他の集団からは理解しがたく何の意味を持たない行為。
      • 例)日本の名刺交換、盃を干さなければいけない中国式乾杯 等
  • 価値観
    • 価値観は12歳くらいまでに無意識のうちに形成され、内面化するため、自身がどのような価値観をもっているかを知ることは難しい。
    • あるものごとに対する肯定的な感情と否定的な感情の中で、「こちらの方が好ましい」と物事を判断する感情を「価値観」と呼ぶ。
    • 無意識のうちに組み込まれて変革が難しい。

また、上記の中で、「シンボル」「ヒーロー」「儀礼」は「慣行」として、なんらかの形で目に見えるものとされています。それは、日頃の行動などにも現れてきます。そして、目に見えて意識出来るものは、変革が可能だと言います。

このあたり、本書内にはいくつか例示もありイメージし、理解しやすいですが、実感しにくい部分でもあります。

例えば、ビジネスの現場では、異なる国の異文化よりも、会社対会社でのビジネスの際や、就職・転職した際に感じる「企業文化」という観点で、「文化」の違いを感じることが多いかも知れません。

根回しを重視する文化、トップダウンで物事が進む文化、新しいことに柔軟にチャンレジする文化。そうした中で、会議の参加者が無駄に多かったり、意思決定プロセスが非常に長かったりする、こうした、行動様式や慣行はなどの「企業文化」の目に見える部分は変革可能という位置づけになります。

もちろん、こうした目に見える部分もその根幹にある「価値観」に大きく影響を受けます。多くの企業でもMissionやVision, Principleのような形で、その企業が大事にする「価値観」を従業員に浸透させたりします。そうした企業としての「価値観」は大きく変わらなくても、時代や企業の成長ステージによって、その行動様式や慣行は変わってきます。それら変化していくものと同様に、異文化の目に見える部分は変革可能であるのだという風に、自身は理解しました。

CQ(Cultural Intelligence)多様性のなかを生きるために必要な能力

文化の定義、理解することの難しさを踏まえた上で、この多様性のある社会・ビジネスの中で効果的に、効率的に物事に対応していく能力についても紹介されています。
いわゆる知能指数のIQ。一時期流行りましたが、心の知能指数であるEQというものがありました。本書では、これらに加えて、優秀なリーダーに必要な能力としてCQ(Cultural Intelligence)が求められると言います。ではCQとは何でしょうか?それは「多様な文化的背景に効果的に対応できる能力」と定義され、以下の4つの要素で構成されていると言います。
  • 異なる文化で効果を出したいという「動機」
  • 異なる文化に対する「知識」
  • 異なる文化のなかで効果を発揮するために知識を活かして準備し、何がうまくいって、何が失敗したかをリフレクションする「戦略」
  • 異なる文化でのバーバル、ノン・バーバルのコミュニケーションを指す「行動(スキル、アクション)」

さて、ここには、いわゆる一般的に海外でのビジネスの成功に必要と思われがちな「言語能力」や「海外経験」などは含まれていません。CQについての各種の分析の結果から「海外に済んだ経験と異文化適応力は比例しない」という結果が出ているとのこと。このあたりも学術的な研究の裏付けを踏まえて、新しい気付きを与えてくれます。

「文化」の違いはもちろんだが、結局、個々人で価値観など違うのではないか?

ここまでで「文化」の構造や、違いを理解することの重要性が説かれているわけですが、「価値観」などは結局個々人でも異なるわけで、文化を理解するということよりも個人を理解することが重要ではないか、といった疑問に対しても、本書では以下のように応えています。

人間は社会的動物であり、行動やふるまいは集団のなかでうまく生きていくために心に埋め込まれたプログラムである「文化」の影響を受ける。個人を知ることも大事だが、文化の影響力について知ることも大事。

であると。本書及び本書で紹介されているホフステードの6次元モデルは、決して、国や文化に対して所謂ステレオタイプを紹介しているわけではありません。異文化の特徴の理解しやすいフレームワークを用いて、より効果的に、効率的に異文化に対応・適応するための示唆を与えてくれるものになります。

多様な文化を理解するフレームワーク「ホフステード6次元モデル」

本書の本題である、ホフステード6次元モデルについて紹介してくれています。6次元の説明の概要のみ、以下に引用します。

  • 権力格差(PDI:Power Distance)(小さい⇔大きい)
    • 階層を重視するのか、それとも平等を重視するのか。親と子、先生と生徒、上司と部下、自分より権力がある人との関係を、力の弱い人がどのようにとらえるのか。
  • 集団主義/個人主義(IDV:Individualism)
    • 自分が属する内集団に依存し、その利益を尊重するのか、それとも独立し、個人の利益を優先するのか
  • 女性性(生活の質)/男性性(達成)(MAS:Masculinity)
    • 競争社会のなかで、家族、友人、大事な人と一緒にいる時間を大切にするのか、それとも達成する、成功する、地位を得ることによって動機づけられるのか
  • 不確実性の回避(UAI:Uncertainty Avoidance)(低い⇔高い)
    • 不確実なこと、曖昧なこと、知らないことを脅威と捉えるのか、それとも気にしないのか
  • 短期思考/長期志向(LTO:Short vs Long Term Orientation)
    • 将来・未来に対してどう考えるのか
  • 人生の楽しみ方(IVR:Indulgence vs Restraint)(抑制的⇔充足的)
    • 人生を楽しみたい、あるいは楽をしたいという気持ちを抑制して悲観的に考えるのか、それともその気持を発散させ充足させ、ポジティブに考えるのか

この6次元について各国の調査研究の結果から、定量的なスコア・数値も提示されており、そのスコアより見出される文化的特徴を、各次元の定義、説明がなされています。加えて、その次元の要素において特徴的な国、そしてそこから現れる行動様式やなどを合わせて紹介してくれています。

さらに「事例で見る6次元モデルの分析」として、より詳細なビジネスの事例をベースに、マネジメントと従業員、上司と部下、クライアントとの関係性等を具体的なケースで、異文化対応力が低い事による弊害と起こりうる事象、それをどうすれば回避することが出来るのかを、6次元モデルに沿って紹介してくれており、このあたりもこの理論を実践の場でいかに適用するかを見据えた構成になっています。

より分かりやすく扱いやすい6つのメンタルイメージとマインドセット

ホフステードの6次元モデルは、知識それ自体としては、有用ではありますが、異文化を理解する上で、6次元の要素が2つ、3つの要因が影響することが多々あると言います。例えば、「個人主義寄りで、かつ男性性が強い」文化と、同じく「個人主義寄り」だけど「女性性が強い」文化となった場合、どう理解して、対応すべきなのか、知識が頭に入っていなければ困難になります。

そこで、よりわかりやすく文化を理解することの出来るよう、ホフステードの理論をコンサルティングに用いていたハブ・ヴルスデンがホフステードの理論をベースにしつつ「6つのメンタルモデル」というツールを開発しています。6次元モデルのスコアを一定の塊(クラスター)として、理解しやすいよう、まとめたようなものになります。概要を以下に引用します。

  • コンテクスト(競争「勝者がすべてを手に入れる」)
    • 競争的で権力格差の少ないアングロサクソン諸国の文化。個人主義と男性性が強く、不確実性回避のスコアが低い。
    • 英国、アイルランド、カナダ、オーストリア、ニュージランド
  • ネットワーク(個々人が独立しつつ、つながりあって関係している)
    • 北欧諸国やオランダのように権力格差が低く、個人主義が強く、女性性の強い社会。全員が意思決定に関わる。
    • オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド
  • 油の効いた機会(数字を重視するオーガナイザー)
    • 権力格差が小さく、個人主義で、不確実性回避の傾向が強い。手続きや規則を重視する。階層的圧力は効かない。
    • ドイツ、オーストリア、チェコ、ハンガリー、ドイツ語圏スイス
  • 人間のピラミッド(忠誠、階層、内部秩序)
    • 権力格差が大きく、集団主義で、不確実性回避が高い社会。家父長的で強いリーダーシップの決定に部下は従う。一方で、プロセスの構造化も必要なので、変革には時間がかかる。
    • 中南米諸国(アルゼンチン、コスタリカを除く)、アフリカ諸国、中東諸国、ポルトガル、ギリシャ、ロシア、スロバキア、南イタリア、トルコ、タイ、韓国
  • 太陽系(階層と個人主義のパラドックス)
    • 権力格差が大きく、不確実性回避が強く、個人主義。
    • フランス、ベルギー、北部イタリア、フランス語圏スイス、一部スペイン、ポーランド、アルゼンチン
  • 家族(階層と忠誠、フレキシビリティ)
    • 権力格差が大きく、集団主義で、不確実性の回避が低い。家父長的で強力なリーダーの決定に部下は柔軟に従う。
    • 中国、香港、シンガポール、ベトナム、インドネシア、フィリピン、マレーシア、インド

上記のメンタルイメージの型を知り、効果的なリーダーシップや会議のファシリテーションや取引先との交渉を行うことが出来ると言います。ここでも、各メンタルイメージについて、丁寧に、ビジネスの現場で実際に起こりうる事象と、各文化における反応及びそれらに対する対応案が具体的にイメージが持てるよう紹介されています。

学術的な理論・知識を実際に使えるようにするための実践書

本書はホフステード博士の6次元モデルという、学術的な理論を紹介しているものの、ビジネスの現場で起こりうる、とてもイメージしやすい具体的なケースと合わせて説明されているため、難解さはまったく感じることなく読み進めることが出来ます。

本書のタイトル自体は、経営戦略とはあるものの、異文化の人間と相対する人間であれば、どの階層の人間にとっても有益な内容となっています。逆に、経営戦略として、ホフステードの6次元モデルの考え方を、どう組織に取り込んでいくか、といった事に関しては詳細には記載はありません。ただ、どの階層のビジネスパーソンであっても、異文化理解という観点では適用可能な知識ではあるので、それぞれの状況に応じて、活用することが出来るでしょう。

グローバルプロジェクトで感じた異文化適応力の必要性、グローバル企業で感じる異文化適応の経営戦略

自身も今の会社に入り、グローバルでのコンサルティングプロジェクトに関与することがあり、この異文化適応力の必要性を感じたことがあります。

それはグローバルでのデジタルマーケティングのプラットフォームを構築するためのプロジェクトでした。日本、米国、英国、ドイツ、オーストラリアのマーケティング実態を調査するため現地に向かい、各国のマーケティング担当者へのヒアリング等を行いました。

日本でのヒアリング調査には、多くの根回しや調整が必要でしたが、そのプロセスでその後の協力が得られやすくなったり、一方で、米国の担当者に協力を得るには、トップダウンで落としてもらってヒアリングを調整する必要がありました。また、米国ではドキュメント関連はあまり揃っていませんでしたが、実際に訪問してみれば、その場では、担当者を適宜調整してくれ柔軟にヒアリングに応じてくれました。ドイツでは、事前に綿密なアジェンダを求められたりするなど、同じ会社であっても、やはりその国の持つ文化の影響が強く出ていると感じました。

また、自身が今勤めているのは、ホフステード博士が最初にグローバル調査に取り組んだ、まさにそのIBMなのですが、伊達に100年近くグローバルでのビジネスを行ってないと言いますか、異文化適応・多様性への対応に関しては、非常に進んでいる会社だと認識しています。

IBM自体は米国本社であり、米国的な経営手法で、HQからのトップダウンの指示はもちろん強い傾向にある気はします。グローバルで目指すべきビジョンや、企業の社会的責任としてのインテグリティ(誠実さ)のような、必要不可欠な共通の理念は一貫して、グローバル統一で浸透させていきますが、一方で、LGBTへの取り組みや、女性が働きやすい会社としても常に上位にランクインしているように、従業員の多様な価値観や働き方を受け入れる土壌があります。

多様な価値観、文化の人材が働くことを前提に、多くのことが明文化され、ルール化されており、日本企業における暗黙の了解などの曖昧さや柔軟さを残さない点で、窮屈に感じる点もありますが、すべて明らかにされており、そのルールに則ることさえ慣れてしまえば、分かりやすくで働きやすいと思っています。

これからグローバルなビジネス環境で働く方へ

本書は、グローバルでビジネスを展開する、グローバル企業で働く方や、国内企業においても多様な国籍の人材が在籍する環境で働いている方、クライアントや対象とするマーケットがグローバルで多様な文化を有する方などにお勧めです。

学術的に裏付けされ、かつビジネスの実践に適用しやすい形で整理された本書は非常に分かりやすく、すぐにでも活用できるものと思います。

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