本書は、今元気のない若者に、読んで元気になってもらうためにと、トップアスリート5人に対するインタビューを通じて、アスリートたちの単なる成功物語ではなく、その過程にあった、失敗や挫折、悩みなどから、何かを見出してもらおうと制作されたものです。
本書に登場するのは、みんな知っているような国民的なトップアスリートです。
- 19歳で東京ヴェルディのキャプテンを任された小林祐希氏
- ロンドンオリンピックで代表メンバーとして銅メダルを獲得した狩野舞子氏
- オリンピック四大会連続出場のアルペンスキーヤー皆川賢太郎氏
- バルセロナオリンピックで史上最年少金メダルを獲得した岩崎恭子氏
- 1992年アルベールビルオリンピック ノルディック複合で金メダルを獲得し長く王者の地位を保った荻原健司氏。
こうした圧倒的なトップアスリートのインタビューとなると、一般人からするとかけ離れた存在で、インタビューや半生などを聞く分には面白いし、エンターテインメントとして楽しむには良いのですが、それだけで終わってしまう事も多いかと思います。ただし、本書は彼らの挫折や悩みなどの成功体験以外の部分にも焦点を当ててインタビューをしている点で、一般人でも学べる部分があるというのが特徴です。ただ、正直少し、その点のボリュームが少なく、どちからという、自分くらいの年齢になると、自分に役立てるというよりも、子育てにとって示唆となる部分が多くあるのではないかと思います。
幼少期の環境が、その子の人生を大きく左右する
5人ともに共通する点もあれば、また異なる点もあります。共通点としては、少なくとも5人とも幼少期より、そのスポーツ・種目で大成していくことを目指して活動していた点が上げられます。スポーツの世界において、このような優秀な成績を残すには、幼少期からの鍛錬や環境が大きく左右するのは当然のことでしょう。
自分が一番興味を惹かれたのは、この点です。
彼らがなぜ幼少期に、一つの目標に絞ることが出来て、さらに長年に渡ってそれを目指す事が出来たのか。
サッカーの小林氏は父親がサッカーチームのコーチをしていた事もあり、1歳からサッカーボールに触れて、サッカーをやるものとして育ち、エリートコースかのように、ジュニアユースにも選ばれ、ユース、U-16(日本代表)にも選ばれ、高校卒業後にはすぐにプロのヴェルディに。その過程では、自分よりも上の選出とぶつかりながらも、持ち前の負けん気と徹底した努力でそれを乗り越えていきます。
バレーの狩野氏も同じく両親がバレーボールの選手で、恵まれた体格も活かして、活躍。周囲の期待に応えるようにバレーを続け、高校生でオリンピック代表候補にも選ばれています。強い想いがあったわけではないようですが、仲間との競争や、同じく実業団でバレーをする姉の影響を受けながら、バレーを続けます。途中で大きなケガでバレーを辞める事も考えたようですが、改めてバレーの面白さに気づいて続ける意思を持ち直し、ロンドンオリンピックにまで出場しています。
スキーの皆川氏も、新潟県で生まれ育ってスキーに触れる環境があったこと、またオリンピック選手が周囲にも多くいたことなどが、自身が当たり前のようにスキー選手として食べていく事を動機付けたと語っています(他にも父親が元競輪選手であったことも影響があるとのこと)。幼少期よりスキーで勝ちづけた皆川氏ですが、小学校高学年で挫折を味わいます。そんな時にあるコーチに出会い、再び調子を取り戻し、その後活躍をしています。
水泳の岩崎氏も同様に、プールに通う姉の影響で水泳を始め、その後も姉影響を強く受けています。バルセロナオリンピックでそれまでの自己記録を大幅に伸ばして自己新記録で金メダルを獲得し、一躍時の人になったこともあり、年ごろの女の子にとっては大きな環境変化についていけず、水泳の楽しみを忘れてしまった時には、コーチやずっとついていた記者の方の言葉から吹っ切れて、またアトランタオリンピックを目指し、出場しています。
ノルディック複合の荻原氏も、父親がアルペンスキーヤーであるスキー一家。三歳からスキーを学んでいます。中学・高校はスキーに熱中し、大学でも日本代表のスキー選手として活躍したものの、周りがリクルートスーツに身を包む中、生活を考えて自身のスキーの競技者としての生活にもピリオドを打とうとしたと言います。そして、背水の陣で挑んだアルベールビルオリンピックで他の人がやらないV字ジャンプで大幅に点数を伸ばして金メダル獲得。その後もノルディックスキーという種目を広めるため、長期にわたって活躍します。
こうして見ると「やはり、トップアスリートは育ってきた環境が特別だから、自分とは関係ない」と感じてしまうことでしょう。確かにそれは事実でしょう。彼らには、こうした夢や目標を当然のように持ち、信じ、目指せる環境にありました。
自分も含め一般人からすれば、オリンピックに出るなんて、別世界の人間だと思い、はなから諦めてしまう、目指しもしないというメンタリティの方が多いのではないでしょうか?そうした認識を持つ親や環境の中にいては、彼らがここまで活躍することは難しかったのではないでしょうか。少なくても、本インタビューの中で、彼らの夢を応援する人が周りにいても、「そんな大それた事無理だ」といった否定している人物はいませんでした。もちろん、出てこないだけで、居たのかも知れませんが、彼らにとっては些細な事だったのかも知れません。
夢を信じられる環境。周りも否定せずに、自身の納得できる夢を持てる事が夢を育てる。
彼らがトップアスリートとして活躍することが出来た背景には、「夢を信じられる環境。夢を否定するのではなく応援してくれる環境」があったからだと思います。ただ、環境が100%の要因かというと、決してそれだけではないでしょう。本書のインタビューでも、彼らが自分の能力を伸ばすために人一倍努力をしている点にも言及されています。それは、彼らの頑張り以外の何モノでもないのですが、その努力が出来たという事もまた、夢を信じる事が出来て、初めて努力し続けることが出来ると思うのです。
ただ「夢は信じ続ければ必ず叶う」なんて、キレイ事を言うつもりはありません。おそらく彼らトップアスリートと同じような環境に生まれ育った方は他にもいるでしょう。彼らもまた、夢を信じられる環境にあったのだと思います。ただし、大きくなるにつれ、他の選手たちと切磋琢磨する中で、脱落していった人間の方が圧倒的に多いでしょう。そこで脱落するかしないかは、自身の努力やそれをサポートする環境、良い師匠・コーチとの出会いの有無等様々でしょうが、夢を信じていたとしても、競争が存在する以上、全員が限られた地位に上り詰めることは出来ません。
本書に登場するトップアスリートたちは、どちらからと言えば、勝ち組です。ですが、彼らにも挫折のタイミングもあり、脱落しかけたタイミングもあります。それでも、努力を辞めなかった、あきらめなかった。水泳の岩崎選手は、バルセロナでは金メダルでしたが、アトランタでは10位という結果に終わっています。それでも、彼女は満足をしていると言います。自身がやりきったかどうか。本人が納得できるかどうかが、彼らトップアスリートにとっての最終的な夢となっているようです。
おそらく、彼らトップアスリートと競い途中で脱落していった人の中にも、自身がやりきったと言う点で、満足をしている人も多いのではないでしょうか。一度、何かを信じ、とことんまでやりきり、その結果をどう受け止めるか、まだ出来ると信じ努力し続けるのか、ここまでだとあきらめるのか。
よく「夢は大きい方が良い」なんてことも言われますが、本書のインタビューを読んで、「信じる力」と「諦めない力」の源になるには、ある程度大きな夢である必要があることが分かります。最初から、自身の限界を決めていたとしたら、彼らがこうした成果を残すまでには至らなかったでしょう。
本書から何を学び取るのか、どう受けとめるかも本人次第
本書はそもそもは大学生などの若者を元気づけるために書かれたもので、大学生達も制作に携わっており、本書後半には学生たちの感想なども掲載されています。トップアスリートのインタビューを経て、感化され、前向きな意見が多いようですが、本心では、やはり環境が人を決めるという点を感じ取っているような印象が読み取れました(そのような発言の記載はなかったですが)。
全てを環境のせいとしてしまうのも楽でしょうし、それはある意味では否定できない、大きな影響を与えるものですので、否定するのもおかしな話です。では、本書は「自分は環境が悪かったから、夢を信じられず、夢をかなえられなかったんだ」と劣等感を植え付けられるために読むための本かというと、もちろんそうではないでしょう。スポーツという観点では、体力的な問題もあり、幼少期からの10数年年間が重要な時期となりますし、彼らがトップアスリート足り得たのは、せいぜい10年~20年の話です。では、一般的な読者や本書のターゲットである大学生が、22歳で大学を卒業したとすると、社会人としての生活は40年~50年と残っています。
40年~50年で成し遂げられることは何でしょうか?ここでも、環境を理由に夢を諦めて余生を生きていくのでしょうか?もしくは、夢を信じられられる、応援してもらえる環境を自ら作っていくのか。本書を読んでどう受け止めるのか、それは読者に委ねられています。
冒頭で、自身は子育てにとって示唆のある内容だという点で、学ぶことがあるということを書きました。自身の夢はどうかというと、確かに「環境を理由に諦めてしまっている」部分もあり、改めて環境の力・影響の大きさを感じているところです。ただ、自分も良い大人ですので、環境を変える、選ぶくらいの力はあります。
環境は自身の接するものです。吸う空気や食べるものもそうでしょうし、当然、一緒にいる人や読む本、接するメディア、出かける場所。これらを変えるだけでも、環境は大きく変わります。まずはとっかかりやすいところから変えていくことから始めてみたいと思います。自分は本書を読んで、そんなことを考えましたが、みなさんはどう思われるでしょうか。
photo credit: ·júbilo·haku· via photopin cc
コメント