【書評】「費用対効果が23%アップする 刺さる広告」マーケティングを科学する手法について

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広告に関しては、有名な以下の名言があります。

「広告費の半分が金の無駄使いに終わっている事はわかっている。分からないのはどっちの半分が無駄なのかだ。」(米国の実業家 ジョン・ワナメーカー)

本書は、そんな莫大な投資金額に対して、成果の見えにくい広告効果について科学的に計測・把握し、より効率的な広告・マーケティングを行う方法について紹介しています。

タイトルが「刺さる広告」ということで、クリエイティブ的な要素を想像させますが、もちろん、クリエイティブ的要素も含まれますが、マーケティング予算の効率的な投資配分を考えるための考え方を紹介しています。

本書の構成

まず、第一部では、現状のマーケティング、いわばここ40年近く変わっていないマーケティング手法の機能不全についての問題提起、そしてマーケター達の抱える、リサーチやデータに対する不信感や誤解、マーケティング体制について言及しています。広告費が浪費される最大の要因を以下のように説明しています。

マーケティングの複雑性に対応できる確固たる業務プロセスの欠如、そして広告キャンペーンの成果を客観的に測定する方法の欠如、予測手段の欠如など(中略)「何が消費者の心に刺さるか」を本当の意味で知らないとうことは「アカウンタビリティの欠如」と呼ぶ。アカウンタビリティの欠如は、「予算を合理的に使えずにROIを測定出来ない、その結果、無駄を生み出す。」

また、コトラーの提唱した、マーケティングの4P(Product:製品、Price:価格、Place:チャネル、Promotion:プロモーション)のほかに、4M(Motivation、Message、Media、Maximaization)の考え方で補完する必要性を説いています。それぞれの意味は以下。

Motivation:なぜ消費者が自社のブランド・商品を買うのか。
Message:いかにして消費者のモチベーションに沿ってコミュニケーションを行うのか。
Media:成功に貢献するメディア・ミックスそれぞれの役割は何か。
Maximaization:マーケティングROIの継続的な最大化に向けて改善を行うこと。(何が効果的で、何が効果的でないかを把握し、何に投資すべきかを判断すること)

上記4Mを把握しきれていない、勘違いしているマーケターは、その分の広告費を無駄にしていると言います。実際に広告の現場にいても、残念ながら、上記について科学的に考えられているマーケターは少ないですし、代理店側も把握出来ていないことも多いです。。

第二部では、上記のようなマーケティング・広告を再生すると題して、コミュニケーション最適化プロセス(COP:Communication Optimaization Process)についての解説しています。

COPとは、決して魔法のような手法ではなく、このプロセスに従ってマーケター、代理店等が判断・意識・責任の共有を行うための議論を行うことが重要となります。具体的には3回のミーティングを土台に展開すると言います。

1回目はチーム全体を一つにまとめて、共通の成功定義を作り上げる。2回目はシナリオプランニング、キャンペーンの様々な成果に応じてとるべき行動を綿密に計画する。3回目は成功の定義、シナリオプランニングと、マーケティング効果の評価に結び付けて、キャンペーンの成功をもたらす具体的な行動を特定する。

これでもまだ抽象的で分かりにくいですが、具体的には第三部で展開されていきます。

第三部では、COPを実際に適用した事例を紹介しながら、広告の投資効率を挙げた具体的な企業のケースを紹介しながら、マーケティングROI(MROI)の効率化手法を紹介してくれています。リサーチを通じて、今後の広告投資額や広告メディアと組み合わせなどから、実際にどのような成果が求められるのかを突き止める方法を実践している。

本書は、単なる手法論や考え方だけでなく、実際に30社以上の企業の協力を得て、P&G、ユニリーバや、フォードなどの実際のマーケティング・広告コミュニケーションの実績を元にしたデータ・数値によって展開されている点で、納得性の高い内容となっています。

近年、日本国内でも、MROIやMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)などへの意識が高まっているようです。研究自体は以前より行われていたようですが、ようやく実際に使えるレベルまで来ているようですし、マーケターおよび広告代理店の意識も変わってきているのでしょう。

本書は、具体数値などを元にはしているものの、例えばブランド価値をどう評価すべきなのか、などの詳細な手法については紹介されておらず、本書だけで、すぐに手法を導入できるわけではありません。個別企業ごとにカスタマイズしてかないとならないのでしょうが、こうした手法が単なる数字遊びではなく、実際に広告費・マーケティング予算の最適配分と、コミュニケーション効率の最大化を図れる事を理解する上では、参考になるのではないでしょうか。マーケター、広告代理店の人間ならば、読んでおいた方が良いでしょう。

 

 

マーケティングROIの分野はまだまだ研究段階

2年前に広告代理店に転職をして、実は一番興味があったのが、こうした広告の科学的な検証方法です。「マーケティングはPDCAである」と考えており、どのように、この広告効果を検証し、改善し続けているのか、広告代理店ならば、そのあたりのノウハウが膨大に蓄積されているのではないかと考えていました。

が、驚くべきことに、この分野に関してはまだまだ研究段階であるということと、この点を意識している人間が代理店側にも、マーケター側にも少ない事が驚きでした。この手の本を読んだのも初めてなので、より進んでいる国内事例などもあるのかも知れませんし、あまり公表されていないだけなのかも知れませんが、まだこの分野に関しては、一般化されていないという状況です。

ダイレクト・デジタル分野での取組がマスメディアにも広がりつつある

テレビ通販などのダイレクトビジネスにおいては、売り場であるテレビ広告やインフォマーシャル、新聞広告などが直接的に売上に影響するため、ROIの効果検証を短サイクルで回すことが普通でしょうし、デジタル広告については、トラッキング技術が確立されており、どのメディアに掲載された、どの広告(クリエイティブ)がクリックされ、どの広告からの流入がもっともコンバージョンに結びついたのかがはっきりとわかるため、デジタル領域においては、PDCAがさらに短サイクルで回されています。

こうした動きが一般のダイレクトに限らない商材や、デジタルだけでなく、マスメディアにおいても強く求められきており、ようやくその動きが本格化してきているのだと思います。また、昨年よりバズワードとして広がっているビッグデータなどのデータのトラッキング技術、データ処理能力の向上もこの流れを促進するものとなっているのでしょう。

幸いなことに、現在担当しているクライアントがまさにデジタル・ダイレクト分野への取り組みを積極的に行っている企業であり、実践を通じて、最先端の事例を学べる環境にあります。そんな、現場も踏まえつつ、本書を読んで気になった個所についてピックアップしてみたいと思います。

現在のマーケティングにおける固定観念と課題

『変革に抵抗する「マーケティング文化」を克服する』と題して、旧態依然としたマーケティングが変革出来ない固定観念について取り上げられているもので、共感するものがありました。

マーケターたちは広告を分析し、評価し、改善する機会を、会社の重荷になると考えがちだ。マーケティングで見つかる問題は「宝物」どころか、むしろ逆だ。それはfのつく言葉、つまり「失敗(Failure)」なのだ。(日本の製造の現場では製造工程で見つけた不具合を「宝物」と呼び、カイゼンにつなげるものという考えに対して)。

これは、企業におけるマーケティング担当者やCMO、広告代理店においても同様であり、あえてそこを深堀しようというインセンティブが働かなくなってしまう要因でしょう。

『「マーケティング組織」の課題を克服する』と題して、企業側と代理店側のインセンティブの違いを端的にピックアップしています。

上述のCOPによる成功の定義が明確に定義されないまま実施されるキャンペーンにおいて、代理店はクライアントを喜ばそうと、良い成果(のみ)を報告する、という当たり前のインセンティブにより悪い事が報告されないという問題があります。

また、企業側は代理店に常に新しいものを求めるのに対して、代理店は新しいことを実施して失敗するというリスクを取りたがらないために、新しいものが提案出来ないという状況が起こる点など、企業と代理店の関係性にもよるのでしょうが、往々にして起こりうる状況です。

より成果の高い広告・マーケティングを実現するためには

本書で提唱される4Mの中のモチベーションについては、マーケターは当然把握しているものと思われるものの、定量的に検証されたものでない場合も多いのは確かに事実でしょう。また、マーケティングにおける基礎の基礎である、「なぜ消費者が自社の商品を選ぶのか」そして、どの層にニーズがあるのかというセグメンテーションと、競合に対するポジショニングについても、具体的に理解出来ているでしょうか?

例えば、あるセグメントAとセグメントBでは、同じ商品の購買に対するモチベーションは異なり、伝えるべきメッセージや、メディアも異なる可能性があるわけですが、それを定量的に把握できているか、という、意外と抜け落ちがちな部分についても本書では改めて提言されています。なぜなら、このスタートが誤っているだけでも、広告予算の3割近くが無駄になると言います。

また、仮に、いや実際には日頃マーケターや代理店・クリエイティブの人間は上記を深く考えているにも関わらず、広告予算の浪費が行われてしまう理由として、以下2点を挙げており、この点も痛く共感出来ている指摘です。

①マーケティング・プロセスは広告効果という肝心な問題を飛び越えて、締め切りを重視することが多い。
②メッセージ効果を測定したとしても、誤った基準を用いる傾向がある。購買理由や広告想起について消費者自身に語ってもらった言葉が、評価の前提となる場合が多い。(中略)広告が消費者の態度や消費行動の変化に及ぼす影響を知るためにマーケターに必要なのは、消費者の言葉ではなく、科学的考察を基礎とする新しい効果測定手法と現実の世界で十分に練り上げた実験である。

①の締め切りの点は言わずもがな、現実は理想通りにはいかず、限られた時間内で広告を作り上げる必要があります。その時、広告を練り直すために広告の出稿期間を延期して、より精度の高いもの作り上げるのか、広告費を無駄にしても掲出してしまうのか、概ね後者となっているのが現実です。

また、②の点について、広告リサーチャーのジョン・ハワード・スピンクのリサーチによれば、現在の広告想起が広告の効果に影響を与えているという前提について疑問を呈している。

リサーチによれば、売上向上の予測因子は広告想起率ではなく、消費者がそのブランドに付与する意味だった。(中略)広告想起が、マーケターの評価や成功への理解に役立つモデルではないとしたら、何がそうなのか。その答えは、実験計画法の科学的手法を使って、意見や行動の変化を観察することが解決への道であることを認識することだ。

この点についても、本書では実際にP&Gで行った数値結果を元に、消費者の広告想起を元にすることの危険性を証明しています。

本書では、消費者に効くメッセージを探るために実験計画法としてABスプリットランテストを提唱しています。ABテストはダイレクトマーケティング分野で生まれたものですが、Aのクリエイティブを見えるグループ、Bのクリエイティブを見せるグループ、と公共広告などを見せるコントロールグループに分けて、実際の広告の効果について測定する方法です。その手法をダイレクトのみならず、広告リサーチの分野に取り入れるべき、というのが本書の提言の大きなところ。

ダイレクトの場合は、その売上によって効果測定が行いやすいですが、一般の広告においては、直接的には売上に貢献せず、ブランドエクイティの蓄積など、間接的な貢献などもあり、いかに評価すべきかというのは課題として残るでしょう。

まとめ これからのマーケター・代理店に求めららる能力とは

マーケティングROIの最大化や、メディア投資の最適配分を分析するMMM(Marketing Mix Modeling)など、これまで見えにくかった広告効果を明らかにする、アカウンタビリティ(説明責任)を求める流れは今後もさらに強まると考えられます。広告代理店各社もこの分野に力を入れ始めています。

マーケターおよび代理店の人間も、こうした視点が求められてきます。クリエイターもクリエイティブだけやっていれば良い時代ではなく、いかに効果検証を行い、より最適なクリエイティブを生み出していくかを考え、数字を読み解く能力が求められてくるでしょう。

一般の人は気にしないし、自分も代理店に入る前までは気にしませんでしたが、いまだにメディアについてはマスメディアを表す、ATL(Above The Line)、その他Webメディア等を表すBTL(Below The Line)なんて業界用語がまかりとってますが、メディア投資の最適配分を考える上では、こうした無意味な線引き意識などもとっぱらう必要があるでしょう。

ビジネス全体を俯瞰で捉え、部分最適ではなく、全体最適を考えられる人材が必要だと思います。これまでは、専門分野に特化して、部分最適は行われてきたかも知れませんが、大企業にありがちな業務範囲に捉われない発想が必要だと感じます。

本書で紹介された書籍

「心脳マーケティング」

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