【書評】「会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」」冨山 和彦(ダイヤモンド社)

マネジメント

本書は2007年3月に解散した産業再生機構で、41社の企業再生を率いた冨山和彦氏が、企業再生の現場はもとより、自身が設立、経営を担ったコンサルティング会社のCDI(コーポレートディレクション)の経営危機の経験から、経営の本質とは何か、経営とは、経営者とはどうあるべきかを提言しています。

経営とは「情理」による実行のバランス「人はインセンティブの奴隷である」

数々の経営の現場を経験してきた著者自身が述べているように、結論的には経営に答えはなく、経済合理性の中で「合理」に基づいた冷静かつ大局的な判断と、組織内のそれぞれの立場の人間が抱えるインセンティブ(動機)を踏まえた「情理」による実行のバランスだと言います。

タイトルの「頭から腐る」と言うのは、確かに経営責任を持つ経営者による問題が大きいのは確かですが、そもそも、今の変化が激しく、先の読めない時代に即した経営者人材を選抜・育成する仕組み自体が日本企業には備わってこなかったことを問題視しています。 それは、旧来の財閥系やメガバンク制でのガバナンスで上手く回っていた時代とは、経営環境も異なり、企業の資金調達方法も多様になるなかで、時代にそぐわない仕組みだけが、今なお残ってしまっているからだと言います。 しかしながら、企業も人も簡単には変われません。それが、本書の第一章で言及される「人はインセンティブの奴隷である」という企業、人間の本質です。

第二章では、そうした本質を理解した上での戦略の重要性を説いています。ここは、一般的な戦略論の話。第三章では「組織の強みが衰退の要因にもなる」と題し、日本的経営・日本的組織の問題点を分析しています。資源のない日本において、唯一の資源である人材資源が有効に活用しきれていない点を指摘ています。

カネボウの再生。それは「当たり前のことを当たり前にやる」こと

第四章では、実際の企業再生の現場カネボウの再生シナリオを元に、いかに改革を行ったかを記しています。それは決して華々しい、目から鱗が出るような再生戦略があるわけでもなく、「当たり前のことを当たり前にやる」ための、現場における地道な活動がそこにはありました。 第五章では、こうした日本的経営・日本型組織に対する対応策(予防医学)として、ガバナンス構造の徹底的な見直しと、ガチンコで本物のリーダーを鍛え上げることを提言。ガバナンスについては、ただ一つの正解があるわけではないとしつつも、経営者の選抜・罷免を合理的に行える事のみを要件として求めています。 また、リーダー育成については、今の大組織・一流企業のリーダー育成では甘いと断言。「競争ごっこ」とまで言っていますが、それは著者自身が経営者として、自社の存亡の危機を経験しているからこそ言えることなのでしょう。

一流企業であれば、当然リスク管理の下に、ある競争に負けたとて、つぶれるわけでもなく、連帯保証で経営者の財産が奪われるわけでもない。それは決して非難している訳ではなく、そうした中で、中国・インドなどの新興国の企業とガチンコで競争できる覚悟のある経営者人材が育てられるのか、その甘さを指摘しています。

著者はボストン・コンサルティング・グループという戦略コンサル出身でありながら、自身のコンサル会社の立ち上げや、企業再生という非常に泥臭い部分を経験しているだけあって、コンサル的な「絵に描いた餅」ではない、説得力があります。 本書は、経営者や経営を目指す方はもちろん、企業再生に携わるコンサルタントやファンド関係者の方にも参考になるかと思います。机上の戦略論だけでなく、人間の弱さもひっくるめて、経営を捉えた考えさせられる本です。

自身もコンサルタントとして、企業再生とまではいかないまでも、極々一部ではありますが、企業の変革や経営のお手伝いをさせていただいていたので、実際の現場の方の経験を勉強しようと思って手にとった本。

上述の通り、一企業における経営者の無能を分析するようなものではなく、人間の本質、日本企業の制度・仕組的な課題を抽出したもので、より俯瞰して見れたのは、興味深かったです。 日本の経済力、日本企業の強さという視点で考えてみると、バブル崩壊後、失われた10年が20年になってもなお、仕組み的なものは大きく変わらず、終身雇用や年功賃金は、なくなりつつあるもの、その代わりとなるような、日本企業を強くすると思われる方向性は見いだせていないように感じます。

自分を動機付けるものは何か。人が動機づけられているものは何かを理解する。

高学歴の人間が、安定している(と思われる)大企業に就職し、既に出来上がった仕組みを正確にまわしていく。それ自体は必要なことですが、せっかくの有能な人材資源が有効に活用出来ていないように思います。 しかし、残念ながら、そこは「インセンティブ」の奴隷として、それなりの投資をして良い大学に入ったのだから、安定して一定以上の収入が見込める企業に就職するというのは、当然の選択でしょう。 最近では、シャープやパナソニックも大きな人員削減を行ったりするなど、「大企業だっていつ潰れるか分からない、リストラになるか分からない」という状況ではありますが、その下に連なる下請けなどの中小企業をあえて選択するようなインセンティブは働かないでしょう。

リスクに見合った、メリットを見いだすのが困難です。 経営者ではなく、一従業員、働く側の視点で考えると、インセンティブの設計は非常に重要です。既存の仕組みのなかで、賢く立ち回る方がリターンが大きいのですから、仮にそれが永続的に続くものではないと思いながらも、逆にむしろ、それを強固に守ろうとするでしょう。 「戦略は組織に従う」「組織は戦略に従う」という言葉がありますが、事業戦略と組織人事の戦略の一貫性が非常に重要です。

経営者がどんな美辞麗句を並び立てるよりも、結果どんな人間が、どんな行動が評価され、登用されるのかが、何よりも強いメッセージになります。 昨今、収入が大きく伸びる望みも薄い中、働き甲斐を、社会への貢献に求める人もいれば、ワークライフバランスを重視する人、組織に依存せず、キャリア・スキルアップを強く求める人、インセンティブも多様化するなかで、経営者やマネジメント層は、誰がどんなインセンティブを求めているのかを把握することも大切なのだと思います。

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